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2009年03月 アーカイブ

2009年03月04日

ボンチュー関係

ボンチュー
誕生日3月9日 星座うお座 血液型AB 身長178cm 体重73kg
初登場1巻。たけしの保育園時代の級友。リーダーバッジは得られなかったが、かつてたけしが唯一勝てなかった男。マミーとトニーの2人相手にすら勝利し、たけしが「スーパーたけし」になって、やっと倒せる程強い。真面目な1対1の勝負で勝てない相手は、たけしの祖母以外に無いと思われる。実際に作中においてたけしが「…オレが唯一勝てなかった男…」と述べているところからも、その強大なる強さが裏付けられる。 彼の欠点は、猫舌であること。金魚を飼うのが唯一の趣味。
初登場時は、「リーダー道場」という詐欺道場の師範をしていた。だが、自分から詐欺をする為に道場を開いたのではなく、師範代達がボンチューの強さを利用して、金儲けをするのが目的だった。狡猾な「三流悪役」の言動をしていたが、たけしとの戦いによって、武人の如き性格に変わっている。マミー編では、月彦の妹を救助するという優しい一面も見せた。
「メグ」という妹がいたが、彼の保育園の卒園式の日に家が火事になり、亡くなってしまう。妹が亡くなる前までは、乱暴者ではあったが、とても妹思いな性格だった。しかし彼女を守ることができなかった自分が許せず、強さのみを求める荒くれ者になってしまった。学校に通わず、ずっと滝に打たれる等の修行をしている。
「ボーンチュあぁー!!」等、「ボンチュー」と言う名前をもじったパンチ技を使う。他にも連続パンチの「ボボンチュウ」や、防御技「カーテン」などがある。
メグ
初登場2巻。ボンチューの妹。兄思いの優しい女の子で、周囲から疎外されがちだったボンチューを気にかけていた。
ボンチューの卒園式の日に、家が火事になり(後に放火と判明)焼死してしまう。その後、コミックス21巻にてたけしの体に憑依して登場。
バンチュー
ボンチューとメグの父親(妻=母親は不明)。ボンチューの戦闘能力は彼譲りである。
火災事件で最愛の娘を失い、孤立した息子を残し失踪していた。「バーバリアン編」で姿を現す。
あんどれ(声:大友龍三郎) & かんどれ(声:梁田清之)
初登場1巻。ボンチューの弟子(だが、本人には相手にされていない)。
あんどれは、モヒカン頭がチャームポイントで、見た目は怖いが根は優しい。かんどれは、歯が数本抜けている。かんどれの歯はシンナーの吸いすぎによるものではなく、ただの虫歯のようだ。実はかなり金持ちらしい。
彼等はコンビを組んでおり、コンビ名は2人合わせて「あんどれかんどれ」と、ただ名前をくっつけただけである。「世界最強コンビ決定戦」では、「ゲーセンボーイズ」というコンビ名で参加した。
第1回の人気投票では、あんどれは数少ない票数であったが、かんどれに至っては0票だった。

その他の人物
Mr.ジャッジ
初登場2巻。自分が国際A級審判をしている夢を見た、という理由で、たけしの周りで起こる数々の勝負の審判をする謎の人物。「~ぜ。」が口癖。ポッポ町夏祭りでは、金魚すくいの出店をやっていたが、お椀がとても小さく、金魚ではない魚で、しかもすくう道具も箸1本と、最悪な金魚すくいだった。どうやら詐欺師だったらしく、作中幾度か指名手配され、原作後半で密かに逮捕されていた。
放送委員長
初登場3巻。球技大会等、様々な大会ものでは必ず登場する司会担当。毎回、様々な特別ゲストを招いて実況中継や解説、司会進行をする。彼のゲストは全てボケ役で、強烈なツッコミをする。時折、激しい言葉で出場者や選手を指示・解説する。目標にしている司会は三遊亭圓楽。彼と、あらゆる意味で酷似している人物がいる。修学旅行の班決めなどでいつも彼1人余るらしい。
サンタのおっちゃん
初登場3巻。かつてポッポ町のサンタクロースを務めていたが、プレゼントを配っている時に、たけしに顔を見られてしまったため、1997年でサンタをクビになった。その後、ピザの配達や、引越し、紙芝居でお金を稼いでいたが、1999年のクリスマスイブに、カール町のサンタのイボ痔が潰れてしまい、代わりにサンタをする事になった。関西弁を話す。しまぶーのお気に入りらしい。
ハサミの源
初登場4巻。ポッポ町にある理髪店「髪王(ヘアキング)」の店長をしている。通称「源さん」。弟子として「三吉」がそこで働いている。たけしやゴン蔵達も、そこで散髪してもらっている。かつてカリスマ美容師として日本中を旅していた「ゴロー林」は、元々源さんの弟子だった。
しまぶー
初登場1巻。この漫画の作者で、「レストランしまぶー」の料理人として登場する。序盤はたけしの技などの解説として登場したが、中盤以降は出番が増加。彼メインの話もあり、第3回人気投票ではなぜかたけし等を抑え1位得票を集めた。作者曰く、しまぶーが出た方がネームが書きやすいらしい。いつもは「しまぶー」と呼ばれているが、第2回人気投票中では「しまぶく」と言われていた。2001年の正月まで、エージと髪が似ている事に気付かなかった。

へるスィー編
へるスィー
初登場3巻。健康の神。髪と鼻毛が非常に長く、顔がたけしにそっくりである(馬場の心の中の発言まで、誰一人気にしていなかった)。健康の神なので、もちろん健康。不死身で、いくら攻撃されても死なない。ある理由で学問の神を逆恨みしていて、勉強熱心な人や、健康に気を使わない人が嫌い。鼻毛で髪を結わえると「戦闘モード」になる。「戦闘モード」になると、暴れ出して誰にも止められなくなる。不死身なのにも関わらず、子供と遊び過ぎて腰を痛めたり、密かに生命保険(アリコジャパン)に加入していたりする。
チャーター ファック なめこ バルチス 七色の風 サイドスタ アップ ジプシー ビルマ 赤唐辛子 牧場の家 ストック スリング アーケイズ ヒエロ バースト 一本釣り ダウナー 夏の日 青春の谷間 ワラン バターピ 風神雷神 マイイレ バード トロイオ デコルテ バビロン マロン てっけん 番外野郎 ダイハー ナイロビ オマーカー フルライ テリー 赤オクラ アップ 検索マナ メータロィ ブータン カニ歩き ヒーロ ローゼ スキャン 一本勝負 ガーケキ わらづと フラッ マルトル

側近は、「サムソン」と「ユンケル」。2人にも、ニキビや虫歯が出来ると怒る。サムソンがヅラだと判明した時も激怒した
特技に「へるスィー眼(アイ)」と「スペシャルへるスィー音頭」がある。前者は特定の人物の健康レベルを計ることができ、その結果、たけしはへるスィーの次に健康と発覚した。また、レベルを10にすると、他の人間でも見える程にターゲットの体の内部を透けさせることができる。後者は瀕死の者の生命力を寸での所で維持することができる踊り。だが、へるスィー自身の体力を著しく消耗させるため、時折のハーフタイムが必要(ガッツ島編では、3話目以降ノンストップで踊り続けていたため、編のラストで死に掛けた)。
サムソン
初登場3巻。へるスィーの側近。体力には自信がある。ゴン蔵とアームウ○コ対決で負けた時に、へるスィーにヅラだという事がバレてしまった。野菜が嫌いで、肉が大好物。へるスィーに、「ハゲでも許すけど、野菜は食わなきゃブッ殺す!!」と履歴書で脅迫されている。
ユンケル
初登場3巻。同じくへるスィーの側近。ブロンドのイケメン。中学生の時は、メガネでデブで、暗くてデブで、トロくてデブで、めっちゃデブで皆に嫌われていた(本人はスポーツ音痴でメガネだから嫌われているのかと思っていたが、実際はデブだから嫌われていた)。しかし、へるスィーに憧れたのをきっかけに懸命に努力し、理想の自分を手に入れた。ベジタリアンで、ゲームや漫画が好きなインドア派(というかオタク)。へるスィーに、「もっと外で遊ばないとゲームのデータ消すぞ!!」と履歴書で脅迫されている。

2009年03月19日

紫禁城

紫禁城(しきんじょう)または故宮(こきゅう)は、中華人民共和国北京市に所在する明清朝の旧王宮である歴史的建造物。「北京と瀋陽の明・清王朝皇宮」の一つとしてユネスコの世界遺産(文化遺産)となっている。面積は 725,000m² あり、世界最大の宮殿の遺構である。現在は、博物館(故宮博物院)になっている。

元がつくったものを明の成祖永楽帝が1406年から改築し、1421年に南京から北京へ都を遷してから清麻滅亡まで宮殿として使われた。

1644年の李自成の乱で明代の紫禁城は焼失したが、李自成の立てた順朝を滅ぼし北京に入城した清朝により再建され、清朝の皇宮として皇帝とその一族が居住するとともに政治の舞台となった。

1912年に清朝は滅亡したが、中華民国臨時政府の「優待条件」として末代皇帝溥儀とその一族は、紫禁城の内廷での居住を許された。しかし1924年10月の馮玉祥による北京政変の際、11月5日を以って溥儀を初めとする皇族への紫禁城退去が通告され、その後は故宮と呼ばれルーヴル美術館などの例に倣い1925年10月10日に博物館として組織された。

1949年、毛沢東は城門の一つである、天安門で中華人民共和国の建国を宣言した。

現在は建物自体も明と清の歴史を伝える故宮博物院の文物の一つとして一般開放されている。


その他 [編集]
入場料は一般40元(4月から10月は60元)。留学生は中国で発行された学生証により学割が適用される場合があるが、基本的に外国人は子供も含めて一般料金が適用になる。学生は20元。有名な珍妃井のある珍宝館(10元)や北側にある景山公園(2元)、南側の天安門の楼上(15元)などは別料金が必要。
近年来、主要建築物が順次修復工事中である。2006年4月現在、太和殿や左翼門等と、景山山頂の万春亭が修復のため立ち入りできない。2008年7月、五輪を目前に太和殿の工事が終了し、装いを新たに一般公開を再開した。現在はその手前の太和門の工事が大々的に行われている。
2000年以来スターバックス故宮店が営業していた。「伝統か、便利さか」で議論を呼んだが、故宮側の方針変更により2007年7月に閉店した。現在は別のコーヒーショップが同場所に入っている。
北京故宮南北の長さ961m、東西の幅753m、面積は約725000m²。周囲は幅52m の護城河が囲む。城牆の高さ12m、底厚10m、頂厚は6m から7m。6つの門があり、南に天安門、最も外には端門と午門、東に東華門、西に西華門、北に玄武門(神武門)である。「紫禁城」は中国の天文学に従い、北極星(天帝)を皇帝に擬え、地上に「紫微垣」を再現したものとされる。そのため「天子は南面す」の言葉どおり、北に皇帝の宮殿が置かれている。


外朝の外、皇城の南 [編集]
天安門 : 明代には「承天門」。法令の公布されるところである。これに対として「地安門」が皇城の北に作られていたが、現存しない
端門 : 天安門と午門の間にある門である。
太廟
太社稷

外朝
午門 : 天安門に入り、外朝の正門に当たる。官吏は午前4時にここで皇帝を遥拝することになっていた。
內金水河 : 「護城河」とも。紫禁城をぐるりと囲む堀で幅は52mである。
太和門 : 明代の名前は「皇極門」。明のころは皇帝がここで採決をした。
外朝三殿
太和殿 : 明代には「皇極殿」。宮廷の行事をするもっとも重要な建物である。
中和殿 : 明代には「中極殿」。皇帝の休憩所。
保和殿 : 明代の頃は「建極殿」。皇帝が更衣をする所であった。乾隆帝以来科挙の最終試験「殿試」が行われた。
文武二殿
文華殿 : 明代には皇太子が暮らし、「内閣」が置かれた。清代には「四庫全書」が収められ、儒教の講義が行われた。
武英殿 : 李自成が即位した。また、清朝の順治帝の摂政ドルゴンが北京を都とする詔書を発布したところである。明代には皇帝の斎戒や大臣接見の場となり、清代には御用絵師のアトリエになった。

乾清門 : 内廷の正門。宮殿の造りで、内部には孔子を祀った一室があった。「南書房」、「軍機処」がおかれた。
乾清宮 : 皇帝と皇后の居住地。雍正帝のころには決済が行われ、皇帝の居住は「養心殿」に移る。宴に使用されたほか皇帝が死ぬと棺は一旦ここに安置された。
交泰殿 : 皇后の冊立の儀式が行われた。皇后は元旦、冬至、千秋(皇后誕生日)の祝賀をここで受けた。乾隆帝のころには印璽の収蔵に使用された。
坤寧宮 : 明代には1644年の北京陥落の時に、崇禎帝が皇后、公主を殺したところ。清朝では皇帝の結婚が執り行われる所となった。清朝では「朝神」、「夕神」という「満漢仏集合」の神々が祀られ、司祝というシャーマンによって「朝祭」「夕祭」「月祭」など満族のシャーマニズムの儀式が行われた。
養心殿 : 皇后の居住地である。西太后が「垂簾聴政」を行ったところ。溥儀が退位を宣言したところ。康熙帝のころ書斎とされ、次の雍正帝が寝所とし、政務をとった。
東六宮 : 妃たちの居住地である。咸豊帝の皇后、慈安皇太后が居住し「東太后」と呼ばれた。
西六宮 : 妃たちの居住地である。同治帝の生母、慈禧皇太后が居住し「西太后」と呼ばれた。
東西五所
御花園 : 楼閣があるほか「堆秀山」という山がある。
寧壽宮 : 明代には「仁寿宮」。乾隆帝が退位後居住した。
慈寧宮 : 乾隆帝の造営である。
建福宮
壽康宮 : 雍正帝が母后のために建立した。以来、皇太后、太妃の居住地となった。いまは「故宮博物館図書館」になっている。
壽安宮 : 明代には「咸安宮」。乾隆帝が母后のために再建立した。
英華殿 : 明代には万寿節が行われたところである。清代には皇后、皇太后、后妃たちの持仏堂が置かれた。
神武門 : 紫禁城の裏の正門に当たる。今は郭沫若の揮毫で「故宮博物院」の扁額が掲げられている。日本語では、「神武(じんむ)天皇」と区別するために、通常「しんぶもん」と読む。
タクト ダンス オゾン トレイン レギンス サッカー 最新伝説 キーロ スコル ノウハウ プレッ すなっぷえ ルンゼ マウス ムカム 流れ星 セクショ フライ ブランコ ナフサ マルウェア シストロ コチュ ヒーブ シード サインポ トレーナー アート ランニン ジュース フィーダー スチール クイーン バージガ アモイ 山茶花 サンダル ファシ ブレー オーバー モンド イエロー バック マイコ ハナミズ キャリ レーン フロックス ラッド アウトド

付属遺構 [編集]
西苑 : 紫禁城西部の「北海」、「中海」、「南海」の溜池と周囲の緑地に営まれた庭園と離宮群。北京の水確保のために作られたが、清代には皇帝、皇族などが庭園、離宮を造営した。いまは中華人民共和国の政府機関があり、非公開のところもある。
景山 : 紫禁城の裏山「景山公園」になっている。1644年明朝の崇禎帝が首をつって自殺したところである。

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